アーティスト

FARRUCO ファルーコ

FARRUCO ファルーコ

フラメンコ界のスター

1988年セビージャ生まれ。本名、アントニオ・フェルナンデス・モントーヤ。舞踊家ファルキートの弟にして、今は亡き祖父の名を芸名として継承するファミリア・ファルーコの一員。2歳でベルリンの国際舞台にてデビュー。6歳で祖父が監督を務めた映画『ボダス・デ・グロリア』に出演。10歳で自身のグループ「ロス・グノモス・デル・フラメンコ」を結成し、国内外のフェスティバルやイベントに多数参加。2001年にはファルキート作品『ファルキート・イ・ファミリア』のニューヨーク公演、さらにアントニオ・カナーレスと共にメキシコ・ツアーに参加する。2005年、カタルーニャ出身の監督ミレイア・ロスの映画『エル・トゥリウンフォ』に出演しアンへラ・モリーナ、フアン・ディエゴらと共に主演を務める。2006年、“ファルーコ”の芸名でデビュー。マヌエラ・カラスコ等の有名舞踊家の公演にゲスト出演を果たす。2007年には『アル・ナトゥラル』で音楽・台本・振付を担当すると共に、人気舞踊家ホセ・マヤ、従兄弟であるバルージョと共演。同作はニューヨーク・タイムズで紹介され注目を集めた。また、ビヨンセ、パウリナ・ルビオ、ビョークといったポップス界の世界的アーティスト達のツアーにも協力し、活躍の場を広める。2008、2009年、ファミリアによる公演ツアー『ロス・ファルーコ』に参加。米ニューヨーク・シティ・センターや英サドラーズ・ウェルズ・シアターといった世界有数の劇場で公演を行う。2010年には「年間最優秀バイラオール賞」を受賞。同年、パコ・デ・ルシアの世界ツアーに参加し、幅広い層の人気を得る。華麗で美しく、比類なきテクニックを兼ね備え、世界中の舞台で大成功を収めているファルーコは今や誰もが認める多才なアーティストである。


ファルーコ一族の長として活躍するファルキートはもちろんですが、次男坊ならではの明るさや自由さを持つファルーコにはまた違った魅力があります。彼の太い芯や瞬発力を是非楽しんで頂きたいです。
フラメンコ舞踊家 鍜地陽子


自由であり、豊かな感性、みち溢れるアイレに観客は巻き込まれる。
太く力強い大木が大地に根を張っている彼の踊り。コンパス、リズムが空で遊んでいる。
フラメンコ舞踊家 山室弘美

Q.フラメンコを始めたきっかけは?

私がフラメンコに出会ったというよりも、フラメンコの方が私を見つけ出した、と言ってもいいと思います。物心が付く前から私の生活には常にフラメンコがあり、フラメンコと寝食を共にし、大切な遊び相手でもありました。そして気が付いたら、フラメンコから離れられなくなっていた、というのが実感です。

Q.あなたが一番影響を受けた舞踊家は?

言うまでもなく、私にとっての師匠はファルーコ家ですね。祖父のファルーコや兄ファルキート、そして母から多くのことを学びました。私に一番影響を与えているのは家族です。もちろん、他のアーティストからも刺激を受けていますよ。挙げるとしたら、アントニオ・カナーレス、ギト、ガデス、マノレテ、でしょうか。ただ、他のバイラオールから色々学ぶ時も、模倣ではなく自分の個性を忘れないようにしています。

Q.あなたが好きなフラメンコ・アーティストは?

どのフラメンコ・アーティストに対しても、同じフラメンコに取り組む人間として無条件で敬意を払います。その中で個人的に憧れているアーティストを挙げると、パコ・デ・ルシアです。彼のツアーは必ず見るほど大好きで心酔しています。そしてもちろん、マエストロ・ファルーコ! 他のジャンルの音楽もよく聴きます。マイケル・ジャクソン、ベートーヴェン、ジェームス・ブラウン、スティービー・ワンダー、ボブ・マーリー、モーツァルト、ストラヴィンスキー……新たな刺激を受けたり自分の視点を広げるためにも、普段からジャンルを問わず幅広く聴くことを意識しています。全てはフラメンコに活かしていくためですね。

Q.あなたが舞踊を通じて一番伝えたい事は?

体調やその時々の感情に左右され、同じように踊っているつもりでも日々違いますから、大切に思うこと、踊りに対する考え方等も、その時々で変わります。ただ、どんな状況でも失わないようにしているのは、アイデンティティーと個性を表現することです。踊りの構成を考える時も、即興でやる場合も、これだけは絶対に忘れません。技術的なことを言えば、ポーズやリズム、ペジスコなど、他にも大切な点は色々ありますけどね。

Q.思い出に残る経験は?

キャリア自体はまだ浅い私ですが、既に色々と経験しているので、それを全てお話していたら軽く本一冊分程度になってしまうかも(笑)。少し前にパコ・デ・ルシアと共演した時の話です。踊りの途中で靴のヒールが壊れてしまって、後半をヒール一つで踊る羽目に陥りました。この状況では技術力だけでは到底切り抜けられないと感じたので、踊りながら必死で解決策を考え続けました。踊るつもりだったものと同レベルの内容になる代わりの踊りはないかと、それこそ全身全霊で考えました……で、終わってみれば、自分にとって最高の出来となりました。これは間違いなく、忘れられない経験と言って良いですね。

Q.あなたの人生にとってフラメンコとは?

私にとってフラメンコとは感情の拠り所であり、人生の指針であり、存在理由であり……つまり、私の「すべて」です。フラメンコを何物かに例えたり、定義するのは不可能です。そもそも、フラメンコは言葉で説明できるものではありませんし。「フラメンコ」を表現できる方法は「Amor(愛)」しかないのかもしれません。

Q.余暇の過ごし方、趣味は?

読書、映画鑑賞、サッカー観戦、車などが趣味です。でも、今フラメンコ以外で一番興味があることは、音楽プロデュース業です。何人かのミュージシャンの為に作って、既に完成している作品もありますし、自分のステージの為に作詞作曲した作品もあります。この分野も少しずつ拡げていきたいと考えています。

Q.来日経験を経て、日本の印象は?

1995年に祖父と共に日本を訪れた事があります。東京に滞在しましたが、初めて見る高層ビル群に圧倒されましたね。見上げれば巨大な電子広告が四方に広がっていて、それらの画面から溢れ出る光の渦がどこまでも私を追ってきて……当時まだ幼かった私にとって、その光景は忘れ難く、強烈な印象として今も胸に焼き付いています。また、ステージで踊り終えた祖父に手を引かれて、舞台袖で祖父の姿を見ていた私も最後に舞台上で挨拶する機会がありました。そこで観客の大歓声と拍手に包まれた時、私の進むべき道が見え、急に自分が大人になったような気がしました。随分昔の事なのに、まるで昨日の事のように思い出します。今回の訪日はそれ以来なので、今から期待に胸が高鳴ります。」

Q.日本におけるフラメンコをどう思いますか?

日本の観客のフラメンコへの理解、造詣の深さには本当に驚かされますし、目や耳も肥えていますね。踊り手に限らず、カンテやギターについても、どんなアーティストがいるか、誰が上手かなど、本当によく知っています。日本の皆さんのフラメンコに対する愛情と敬意には脱帽するばかりです。

Q.フェスティバルへの意気込み、日本のフラメンコ愛好家へのメッセージを。

いつも言っていることなのですが、フラメンコには魔法の力があって、私の創作方法はいつも即興です。つまり、その場で自分の中から湧き上がるフラメンコへの渇望とでも言いましょうか……そこにはセットも振付の力も無く、ただただ歌いたい、踊りたい、演奏したいという気持ち、身体に流れるファルーコ家の血の力を信じて、フラメンコに導かれるままに、自分が感じたままに創作します。観客の皆さんともその魔法が分かち合えるように、私の気持ちが少しでも多く伝わるように心掛けています。ですから、フェスティバルでも皆さんと空気を分かち合えるのを非常に楽しみにしていますし、私達の舞台を純粋に楽しんでください。



(2012年10月 Eメール・インタビュー)

CANTAOR/エンリケ“エル・エストレメニョ”,フアン・ホセ・アマドール,マヌエル・タニェ,エル・キニ・ヘレス.エル・ガジ,ミゲル・デ・バダホス

GUITARRISTA/ロマン・ビセンティ,フアン・レケーナ,エミリオ・マヤ,アントニオ・モヤ,マヌエル・カサス,アントニオ・サンティアゴ